妖怪っているの?

ICTグループの櫻場です。
 
皆さん、『妖怪』と聞いて、どんなイメージを持っていますでしょうか?
人間を襲う、泣く子も黙る怖い存在。
でも、実際は妖怪なんて空想で、いるわけない。
大体の人が、そう思っていると思います。
妖怪と言えば、『ゲゲゲの鬼太郎』があまりにも有名です。
私も幼少のころ、よく見てました。
昭和生まれの人は、間違いなくアニメで見ていたと思います。
その作者もまた有名で、沢山の妖怪を描いてきた水木しげるさんです。
水木さんは、昭和初期に生まれ、壮絶な戦争を体験し、南方出兵も経験しています。
そして、その人生を昭和史として漫画で描かれています。
その作品の中で、彼の人生には、いくつかの場面で、本当に妖怪と遭遇していると言っています。
例えば、『ヌリカベ』。
水木さんは、戦時中、南国で戦火に巻き込まれ、軍隊とはぐれ、
月明かりも届かないジャングルの中を彷徨っていました。
そして、足元もおぼつかないまま急に壁に突き当たり、逃げ道もなくなり、その日はそこで力尽きて、
眠りに落ちましまったそうです。
翌朝、目覚めてみると、壁がないのです。
間違いなく、昨晩は壁に当たってそれ以上進めなかったのに、そこには壁が無く、その先は断崖絶壁。
もし、足を踏み外していたら、絶対に命はありません。
その時、水木さんは、ヌリカベに助けてもらったと思ったそうです。
水木さんの周りではそのようなことが頻繁に起こり、彼にとって妖怪は非常に身近な存在なのです。
そう言えば、小さい頃、悪いことをすると『お天道様が見ているよ』とか、『雷様にヘソを取られるよ』、『嘘をつくと、閻魔様から舌を抜かれる』などと大人から戒められ、実体のないものに対して畏れを抱いて
いた気がします。
寝る前に、天井のシミが怖い顔に見えたり、電気の傘の陰から何かが出てきそうな、そんな気がして怖かったことも思い出します。
人が見てなくても何かに見られている気がする、その感覚が自分自身で戒めとなり、二度と悪いことは
しない、と思ったものです。
これが、水木さんが存在を信じていた『妖怪』に通ずる感覚じゃないかなと思います。
そもそも、日本人は、存在する万物に神が宿り、動物、虫、植物にも畏敬の念を忘れない精神を持ち合わせていました。
しかし昨今、我々は万物に対する畏敬の念を感じることが少なくなってはいないでしょうか?
都市は驚くほど早く発展し、家の中もデジタル化で、手元にはスマホを欠かさず、下を向きながら画面を見ています。
もちろん、それがすべて悪いことではありません。ものすごく便利です。
しかし、自分だけの世界に浸りきり、手元の画面から目に飛び込んでくる氾濫した情報に、良し悪しの判断もつかないまま翻弄されてしまっているのではないかと感じることはないでしょうか?
それによって、常識的な精神では考えられないような事件が起こったりしています。
水木さんは、妖怪の存在が人の生活にどのような影響を与えているか、それを伝えたかったようです。
人は、本来、甘いものに誘われがちです。
その甘さだったり悪いことをしてしまいそうな心を戒めてしてくれる、そして、常識を知ったうえで、
人間を制御してくる存在。
それが、『誰かに見られている気がする』すなわち『妖怪』だったのです。
先日、たまたま鬼太郎の漫画を読む機会があり、何の気なしに読んだのですが、これが面白い。
それこそ30年ぶりくらいに読みました。
そして、妖怪は、思ったより身近に存在するかもしれないし、自分をきちんと制御してくれているのではないかと感じました。
スマホの画面を見ながら心に何かの魔が差したとき、もしかしたら、『妖怪』は背後から我々の事をしっかり見張っているかもしれませんね。
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